50歳で始めた通訳訓練

通訳者のブログ。会社員からフリーランス通訳者に転身。以下のユーザー名をクリックするとプロフィール表示に進みます。

2020-05-01 ポジショントークの危険

客観的に見てどうか、を考えようというお話です。


コロナウイルス感染がおさまって再び会議通訳の需要が増えてくればよいと思います。私は通訳者ですから。AIで通訳が置き換わるのは不可能かもしれないし、ずっと遠い将来かもしれません。そうだといいかも、と思うのも私が通訳者だから。

では、通訳者ではない人はどのような予測をするでしょうか。

コロナウイルス感染の抑え込みはなかなか難しいようです。歴史上最短のワクチン開発期間は4年(おたふくかぜ)。厳しい制限を徐々にゆるめて経済活動を再開し、感染が増えるようならまた制限するということを繰り返す「空襲警報型」の防御が必要になると述べる専門家もいます。罹患しても免疫を獲得しないのではないかという報告も出ています。


昨年(2019年)末までの通訳需要は経験の長い通訳者にとっても異例と言っていいほど盛んでした。それに匹敵するほどまで需要が高まるには年単位の時間が必要かもしれません(2008-2009年の金融危機後に通訳需要は一時落ち込み、回復まで数年かかっています)。またはそこまで需要が戻ることはないのかもしれません。完全に自由に、懸念なしに外国に移動し、会議室や会議場に人が集まるようになるのかどうか。

日本より先にコロナウイルスの伝染を効果的に抑え込んだ韓国では、政府が正常化に向けた2年間のガイドラインを発表しています(ロイター)。つまり2年間はいろいろと制限が必要だと見ているわけです。


通訳業界の人は生活がかかっていますから、どうしても先の見通しに希望的観測が入り込みがちです。別の業界の人に相談するのも異なった観点に気づくのに有益だろうと思います。あるいは自分は年下の肉親に通訳業界入りを勧めるかどうか。このような「冷めた頭」「醒めた心」で考えるのも必要な時期になったと感じます。

たとえば、遠隔会議が多くなると共に通訳者も遠隔参加する機会が増えるでしょう。私が会社員として働く日々から自営業者になったときに翻訳ではなく通訳を選んだ理由の一つは住んでいる場所の比較優位性です。都心の現場に行けるだけで他の地域に住む人より圧倒的に通訳の現場が多い。100m短距離走でスタートラインが 50m くらいゴールに近いくらい有利です。

この優位性は揺らぐのではないかと予想しています。遠隔参加なら居住地による制限が消失して通訳市場に参入する事業者数が増え、経済原則に従って単価は低下するでしょう。

もちろん従来型の会議も続きますし、記者会見や発表会、訪問など現場の通訳も必ず必要なのですが、遠隔化できる会議も非常に多い。


国際電話はかつて数分間で何百円もかかっていた。今はインターネット通話で無料。関税が高かったころ海外旅行の帰りに免税店で買うものだったスコッチウイスキーは今や安売り店で山積みです。「通話」や「酒」という本質は変わらないのに、技術や規制が変わるだけで価格は急落します。

私が学校を卒業して就職した頃は鉄道駅の改札には人が立っていて切符にハサミを入れていたんです。当時はそれがあたりまえだった。


会社勤務を止めて自営の通訳者になりましたが、この道が行き止まりだったらどうするか、崖や滝があったらどうするか。そんな可能性にも目を背けてはいけないだろうと思うようになりました。