50歳で始めた通訳訓練

会社員からフリーランス通訳者に転身。同時通訳ブースに入り、通訳学校の講師に。以下のユーザー名をクリックするとプロフィール表示に進みます。

2017-10-22 危なかった…

通訳者にとって絶対にしてはいけないことは…。

いろいろあるのかもしれませんが、まず第一に挙げられるのは
「決められた時間に現場に到着していない」
ことでしょうね。

どんなに準備してもどんなに良い訳出が可能でも、現場にいなければ全くの無駄。自分だけなく、エージェントもその客先から今後仕事をもらえなくなる可能性はとても高いと思います。


今日はかなり危ない経験をしました。本当に幸運なことに仕事ではなかったのですが。

通訳学校で打ち合わせを予定し、以前に手帳の予定欄に書いておきました。ところが曜日を間違えていて、本来の日の1日後に書き入れていたのです。

偶然にも全く別件で当日に訪問する方とメールのやりとりをしました。相手からのメールの結びにさりげなく

それでは今日、後ほどよろしく !

 と書いてあったのです。

「え?」
と思って会う約束をしたメールを検索して見てみたら明日じゃなくて今日ではないですか!

ありがたいことに十分に間に合う時間でした。さりげなく出向いて用事は無事に済みましたが、肝を冷やしました。メールに先方が書いてくれたあの1行がなかったらすっぽかしていたのです。そして、これがもし業務だったら…。

転記したら必ず元の資料(連絡メール)と照合しようと思います。

2017-10-21 なぜ幸運だった話を書いたかというと

2017-10-17 から3回にわたって「幸運だった話」を書きました。

なぜ書いたかというと
「同じ努力をしていても、結果は大きく違ったかもしれない」
ということをお伝えしたかったのです。

いままでの仕事をやめて通訳・翻訳の仕事をして軌道に乗れなかった人は数多くいると思います。

続けていればきっとなんとかなる、というほど世の中は甘くはないようです。

私が特別努力したわけでもありません。たまたま具合の良い場所にいて、具合の良いときに具合の良いことが起こっただけとも言えます。

私の姿勢はどちらかというと受け身でした。人に勧められて通訳学校に通い、講師に勧められて少し特別な過程に入り、言われるままに学校の母体のエージェントに登録し、割り振られたとおりに仕事をしてきただけ。

姿勢らしい姿勢といえば、
「(考えるのもめんどうだから)No と言うのはやめておこう」
ということくらいでした。


四谷二丁目「kokocara」の豆乳ぜんざい。

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2017-10-19 幸運だった話(3)

2012年の4月から通訳学校に通って、初めての仕事に出たのが2014年の3月でした。通学中は通訳エージェントもあまり積極的に仕事を紹介しないのか(実力がわからないから紹介できないですよね)、数か月は「開店休業」状態でした。

当時の月間売上です。

2014-03  158,250円
2014-04    38,750円
2014-05    12,500円
2014-06    38,750円
2014-07             0円

ワーキングプアではなくて、ワーク(仕事)がない。仕事がないから時間はできる。まあなんとかなると通訳の勉強に励みました。そこに大きな転機が訪れます。

出張を伴う2週間の仕事を打診され、請け負いました。幸いにも顧客に気に入ってもらえ、しばらく延長となります。週末には通学のため自宅に戻りますが、その旅費も出してもらえました。

2014-08 40万円超
2014-09 50万円超
2014-10 50万円超
2014-11 70万円超


社内通訳者(雇用)経験皆無の「いきなりフリーランス」で初年度に月間70万円を売り上げる通訳者はそう多くないだろうと思います。もっとも、通訳報酬と同じくらいの遠隔地勤務手当があったからですが(お客様、本当にありがとうございます)…。

こうなると通訳エージェントの通訳者引き当て担当(コーディネーター)にも名前を憶えてもらえます(利益貢献しますからね)。

「とりあえずこのお客さんの仕事ではうまくいっているらしい。それでは他の仕事もさせてみようか」
ということになったのでしょう。この仕事を機会にいろいろと業務を回してもらうようになりました。2015年3月に通訳学校の課程を修了し、修了証を受領したのも効果があったようです(修了すると系列外のエージェントもそれなりに評価してくれます)。


当時は目の前の仕事で手一杯でしたが、今になると
「よくもまあ、こんな幸運に出会ったものだ」
と思います。

そしてこのお客さんは今に至るまで来日するたびに必ず声を掛けてくれます。


仮定の話ですが、もしこの仕事がなかったらさらに貯金を減らす日々が続いていたはずです。

 


だいぶ葉が落ちました。

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2017-10-18 幸運だった話(2)

ありがたい出会いにより背中を押してくれた3人のおかげもあってインタースクールの会議通訳本科では順調に半期ごとに進級しました。

そして通学2年後に次の幸運が不思議な扉を開けます。

その年、2014年4月期に「プロ速成科」(専属通訳者養成コースの前身)が新設されました。講師の Z さんが
「気になるならなぜ学校の教務担当に尋ねてみないのか」
と夢の中で呼びかけた気がして、設立の趣旨を聞き、入学試験を受けて受講を許されました。


この強運にも驚くばかりです。通学2年目を過ぎ、学校の様子がわかった時点での開講。それに受講者はすばらしい人ばかり。その後も通訳者の仲間は増えるのですが、このとき共に学んだ仲間は私にとってちょっと特別ですね。

 


日替わりカレーに「ナス」があったので迷わず注文です。この店はインド人が調理しているので素材の良さを引き出していました。茄子とたまねぎだけでこんなにおいしい。小田急代々木八幡駅近くの「バルティー」です。会社に勤務していたころ、この近くのベトナム大使館で契約書の認証を受けるときに立ち寄って以来。懐かしい店です。隣のテーブルにはベトナム人が…。

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カメラの撮影モードを「料理」にすると食紅の赤が強く出すぎますね。

2017-10-17 幸運だった話(1)

会社員だった私が専業通訳者になるにあたり、とても大きな影響力を持った人が3人います。

溝の口英会話サークルで共に学んだXさん
・意外な縁から私が英語を教えることになったYさん
・インタースクールで出会った講師のZさん

どの1人がいなくても今のような通訳の仕事はしていなかったんじゃないかと思います。

この3人に共通するのは
「迷える会社員の私がきっと通訳者になると私心なく応援してくれた」
ことにあります。

まず、Xさんの一言でインタースクールに通い始めました。すべての始まりでした。

通訳業界のことは知らなくても、XさんとYさんとは
「だいじょうぶ。まったく問題なく通訳者になれます」
「絶対うまくいきます」
と言ってくれました。尊敬する人のことばには不思議な力が宿ります。

通訳業界にずっと身を置いてきたZさんは通訳コースの講評に忘れられない励ましを書いてくれました。


通訳学校に通い始めてから5年半後の今年10月。思いもよらない機会があって X さんと Y さんとを引き合わせることができました。

お二人の顔を見ていると、こんな人に出会えて本当に幸運だったと思います。

 


かわいい張り紙を見ました。

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2017-10-13 通訳養成法

通訳学校の10月期の募集も終盤にさしかかっているようです。

学校に通われる方の参考になるかもしれない過去記事を再掲させてください。

2015-03-28 学習方法は あるようで ないのかも

2015-03-31 職業訓練

2014-12-28 通訳訓練関係の記事はこれが決定版かと

 


JR東日本キハE200気動車はハイブリッド駆動で、ディーゼルエンジンは発電機のみを駆動し、車輪と機械的につながっていません。1両で 39トンだそうですから、止まるときのエネルギー回収(回生ブレーキ)でかなり発電できそうですね。ディーゼル発動機は直列6気筒の横倒し搭載。直6は一次振動・二次振動で完全バランスなので振動対策は楽そうですが、横倒しにしたシリンダの潤滑確保は技術的に大変だったらしいです。乗用車・商用車でおなじみのコモンレール燃料噴射を導入しています。外見は似ていても中身はどんどん進歩しますね。

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2017-10-12 貴重な学習情報がどんどん得られる

改まった式典で組織の長の挨拶を通訳することも通訳者であれば避けられません。通訳者により得手不得手は様々でしょうけれど、正式な席での逐次訳に重圧を感じる人は多いと思います(大好き!という通訳者にはまだ会ったことがありません)。

原稿が出たら出たで準備は大変ですし、出なければかなり苦しい場面を迎える覚悟も必要です。また、原稿が出ても違うことを話し出すことも多いですね。

その日は私の他にも重要人物のスピーチを担当する通訳者がいましたが、みごとな訳でした。正確なだけでも十分に価値があるのですが、端正でわずかに華のある声がめでたい席に非常に合っていました。文章をきっちりと完結させた後の間合いもとても自然です。

不思議なことに、この模範的な訳を聞いたらリラックス効果がありました。
「大変だ、あんなふうにしなくちゃ」
ではなくて
「なるほど、あのように訳すとこんなに素晴らしい効果があるのか」
と思えたのです。

とにかくあわててはいけない。話者は不安そうに話してなどいないのだから、通訳は幅の広い川がゆったりと流れるようにあるべきだと教えられた気がします。


私の番では、聴衆に語り掛ける意識がそれまでよりももう少し高まったかもしれません。それと共に話者の考えがしっかり通訳者の心に入ってくるような気がしました。さらに、聴衆を見渡す余裕も生まれ、通訳者を見ている人が意外に多いことにも気づきます。
「みんな通訳者を応援してくれている」
という手前勝手な思い込みをするくらいに…。

通訳報酬をいただいてこんなに勉強させてもらい、この仕事はやめられないとしみじみ感じた夕べでした。

※ みなさん。通訳者が訳を出しているときにはしみじみとうなずいてください。形だけでいいですから。それだけで通訳者は実力3割増しになります!

 


某月某日、同席通訳者であり講師仲間でもある先輩と人気店で「早駆けランチ」。食べ終わって店を出たときにはこんな看板が。

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すこし遠回りして帰ります。仕事場が遠くに見える…。

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(本文と写真とは関係ありません)