50歳で始めた通訳訓練

会社員からフリーランス通訳者に転身。同時通訳ブースに入り、通訳学校の講師に。以下のユーザー名をクリックするとプロフィール表示に進みます。

2017-10-21 なぜ幸運だった話を書いたかというと

2017-10-17 から3回にわたって「幸運だった話」を書きました。

なぜ書いたかというと
「同じ努力をしていても、結果は大きく違ったかもしれない」
ということをお伝えしたかったのです。

いままでの仕事をやめて通訳・翻訳の仕事をして軌道に乗れなかった人は数多くいると思います。

続けていればきっとなんとかなる、というほど世の中は甘くはないようです。

私が特別努力したわけでもありません。たまたま具合の良い場所にいて、具合の良いときに具合の良いことが起こっただけとも言えます。

私の姿勢はどちらかというと受け身でした。人に勧められて通訳学校に通い、講師に勧められて少し特別な過程に入り、言われるままに学校の母体のエージェントに登録し、割り振られたとおりに仕事をしてきただけ。

姿勢らしい姿勢といえば、
「(考えるのもめんどうだから)No と言うのはやめておこう」
ということくらいでした。


四谷二丁目「kokocara」の豆乳ぜんざい。

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