50歳で始めた通訳訓練

会社員からフリーランス通訳者に転身。同時通訳ブースに入り、通訳学校の講師に。以下のユーザー名をクリックするとプロフィール表示に進みます。

2017-07-01 主体性はあったのか

ブログ「定年からの通訳デビュー」でモコちゃんパパさんが

実態は流されているだけみたいなものなのですが

と書いていらっしゃいます。

この感覚、とてもよくわかる気がします。仕事の打診があれば断らず、その他のことも誘いがあれば赴いてみる。私の場合通訳学校にも通訳業務にも、そして日本会議通訳者協会にも、すべて周囲からの働きかけに「最小限の自発性」で入っていっただけ。

自分で思い切って決断したのは以前の勤務先を退職することくらいだった気がします(これは大きな決断ですが)。その他はさまざまな出会いと運と…。

  1. 昔からの英語学習仲間にインタースクールを勧められ、他校を検討することなく入学。
  2. 同校に2年通った時点でちょうどプロ速成科が設置され、第1期生として拾い上げられる(私のどこを見て選抜試験を受けさせてくれたのかはインタースクール7不思議の1つかも)。上記速成科の修了試験の雰囲気が授業とがらりと変わり、それが私には良い方向に働く。※アルク 翻訳・通訳のトビラ 現役通訳者のリレー・コラム 遅れてやってきた通訳者 心の持ちよう 参照。
  3. 通訳者として世に出て7つ目の仕事が大当たり。以前の職場の知識が生きる業務が数か月続き、通訳者としての基本ができると共にエージェントに安心感を届けた。

こうして振り返ると大きな曲がり角はどれ一つとして自分で機会を作ったものではないのですね。すべて向こうからやってきた。

同じ流されるなら、自己ベストの流され方をするまで。

 


横浜駅周辺にはスカイビルの「マントラ」以外インド人が調理するインド料理店がないと思っていましたが、鶴屋町に「シャグン」が開店していました。野菜を使ったカレーがとてもおいしい。写真の時計の3時方向に見えるのがベイガンマサラ(茄子のカレー)です。すばらしい出来でした。

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