50歳で始めた通訳訓練

会社員からフリーランス通訳者に転身。同時通訳ブースに入り、通訳学校の講師に。以下のユーザー名をクリックするとプロフィール表示に進みます。

2014-08-08 みるもんだ

「~してみるもんだ」(試してみるものだ・してみなければわからない)
という体験を何度かしてきました。

楽器を習っていたときも、
「聞くだけじゃなくて演奏したら楽しいだろうな」
と言っていたら、塾教師の友人が
「生徒が習ってるから、その先生を紹介してもらおう」
という話になりました。

コンピューター通信(NIFTY SERVE)の会議室(掲示板のようなもの)で練習会の存在を知って出かけてみたら音楽大出身者がたくさん…。練習会にはNHK交響楽団の主席もときどき来て、芸術に対する姿勢に心を打たれました。この縁で国際コンクール入賞のベテラン先生を紹介してもらいました。通信に参加しなかったら、また、練習会に出かけなかったらありえなかった進展です。

中国語の練習でも「やっぱり出かけてみるもんだ」ということは多かったですね。翻訳者・通訳者・教育者と知り合う機会がありました。ネット上や練習会で出会うと長いつきあいになりますが、お互い似たような発想で集まるからでしょうか。
「通信仲間で集まるなんて、大丈夫?」
という人は来ないわけで…。

国語学習ではブログを書いている人にメールを出して会いに行くこともごく普通でした。勉強量に圧倒されたり放送通訳者の外国語能力にびっくりしました。微妙な言い回しや文法上の疑問にもずいぶん答えてもらいました。

通訳学校も、信頼する友人から
「インタースクールが良いと思って通ってます」
と言われたのがきっかけです。行くか行かないか。行ったらおもしろそうだ。それなら行こう、です。

「プロ速成科」という大層な名称の課程に参加しようかどうか考えたときも、
「通訳者になるなら、おそらく悪い選択ではあるまい」
「損することはないだろう」
と悩まずに決めました。拒まれなければ入っていくまでです。

人生には大きな決断もありますが、大きい決断に見えてもその実態は小さな、右か左か・するかしないかという二者選択の連続であるように思います。